2011年9月11日日曜日

あれから10年、あれから半年

21世紀はSep.11から始まった。

未来の代名詞だった21世紀は、暴力と憎しみに満ちたスタートとなった。
報復が報復を生み、暴力が次の暴力を呼ぶ。憎しみの連鎖は途切れることがない。
憎しみの連鎖は断ち切るべきだと総論的に理想を説いても、「殺される側」に立つ人々の気持ちや感情が癒されない限り、それは無理だ。

じゃあ、国のレベルでそれは可能なのか。政治はそれを可能にしてくれるのか。
もちろん原理的には可能だと思う。でも実際は、国が、政治が、国民を煽動し暴力を増幅させてきた。

巨大なものはそう簡単に動かない。もはや、地面を這う蟻のような、海中に群れなす小魚のような、そういったものこそが時代を動かす力となっていくはずだ。

そして今日は、あのMarch.11から半年目の日でもある。

ぼくらはもう十分に気づいている。国は、政治は、人々を助けはしないことを。巨大な何か、それはたとえば大企業であったり、大新聞をはじめとする巨大マスコミであったり、それらも人々を本当に助けはしない。

いま人々の助けになっているのは、蟻のような小さな力の集まりだ。ささやかだけどたゆまない動きが作り出す力が、被災した人たち、被爆した人たちを支えている、支えようとしている。名を持たぬ小さな力が集まって、大きな出来事を生んでいる。

大きな力が操ってきた時代が、こうやって変革されていくのならば、21世紀は「未来」の代名詞としてふたたび明るい響きを持つことになろう。

諦めずに、溜息を吐かずに、小さくても正しいことを続けよう。
いつか必ずぼくらの力は実を結ぶ。

明るい未来はそのときにやってくる。