2011年4月19日火曜日

ボランティアがいる

大槌町城山体育館避難所にも、おおぜいボランティアがいる。
マッサージや足湯などのためにやってくる不定期の方々もおおぜいいるが、ここに腰を据えてがんばっているグループもいる。

パレスチナ 子供のキャンペーン」という団体は、元来パレスチナの子供たちに対する支援活動をしていたのだけど、震災を受けた東北地方にまで活動の手を伸ばしている。避難所の子供たちの面倒を見たり(一緒に遊んだり、宿題を見てやったり)、津波で破壊された町から写真やアルバムを見つけてきては、それを綺麗にして持ち主に返す活動をしたり、あるいは何百人分という炊き出しを手配してくれたり、そのほかにも実に細々とした活動をしている。行政の手と目が届かないところを、とてもうまくカバーしていると思う。他のボランティア組織との連携も強いようだ。それに、なんといっても動きが早い! 

もう一つここ大槌の城山でがんばっているのが、国際NGO 「Life Investigation Agency (LIA)」。彼らの活動はちょっと変わっていて、要するに「人間以外の動物の支援」を行っているのである。迷子の犬や猫を見つけて、その飼い主、あるいは里親を探す。避難所に入れられなかったペットの面倒を見る。怪我をした飼い主の代わりに、犬の散歩をしてあげる。地味だけど、その当事者や当事動物たちにとっては、本当にありがたい活動だと思う。じつは、彼らの活動はもっと広範囲に及ぶもので、実験動物に関することや絶滅危惧種の保護政策、そういったことを国際的な規模で行っている。見た目は地味だが、活動は国際的なのだ。


岩手県生まれの、地元に即したボランティアグループ「岩手結っこ」も活動的なボランティア団体の一つ。これはなかなか強力な団体で、地元という地の利を生かして、質・量ともすばらしい活動をしてる。大槌町は花巻市圏が面倒を見るということになっていて、短期移住者の受け入れを初め、物的人的支援を早い時期から行っている。精神面のサポートも充実している。


花巻よりもより近い遠野市にもボランティア組織がある。「遠野まごころネット」だ。ここも地の利を生かしてどんどん人を送り込んできている。先日は、大型のバス二台からたくさんの人が降りてきて、被災した家屋の片付けや泥出しをしていたところに出くわした。「遠野まごころネット」のジャンパーを着た人たちが黙々と働いているあのシーンを見たら、被災された人たちはきっとすごく力強く思うだろう。


ひとりNPOでやってきたぼくが現在働いているこの仮診療所も、じつはボランティアによって運営されている。「沖縄県医師会」である。震災後わずか五日目にして第一陣が乗り込み、翌3月17日にはこの城山体育館に救護室をオープンした。それから一月以上、沖縄県医師会は常時複数の医師と看護師・事務を送り続けているのであるが、この活動はまったくのボランティア活動だ。本部の方では、大槌の医療体制が整うまで支援続けるぞ、という意気込みらしいから、なんというか、これはけっこう本気で腹をくくった支援と言えるだろう。ぼくは沖縄を離れてずいぶんになるが、元県民として、その心意気には感心している。


医療ボランティアといえば、他県の医師会・医療団体もがんばっている。毎日夕方には、釜石市に近隣の医療団体が集まり、現状の報告と問題点、そして今後の活動予定について話し合っている。どこも熱気にあふれたチームだ。


ほかにもたくさんの人たちがここを訪れ、なにかを提供している。それは物資であったり、労働であったり、気持ちであったり、声であったり、姿であったり。その人にできることを、その人にできる分だけやっていく。


さらに大事なのが、日本国中から、いや世界中から寄せられる支援金と支援物資。
それがなければ、なにも動かない。立ちゆかない。
優しい言葉はひとを幸せにする力があるけれど、衣食住足りることがなによりも優先される場面というのは、現実として確実にある。それを支える具体的な力。


その力が、日本中から、世界中から寄せられている。いまもまだどんどん寄せられている。


この震災は信じられないくらいたくさんの不幸を招いてしまった。たくさんの人が亡くなり、たくさんの人が大事な人を失った。


でも、その痛みを(何百分の一かもしれないけれど)感じ、痛みのまっただ中にいる人たちのために自分の力を分けようとする人がこんなにもいる。


そう考えると、この世の中は、そう悪くない世の中なんじゃないだろうか。





1 件のコメント:

  1. 私も
    そうわるくないとおもう
    うまくいかないことは
    そりゃたくさんあるけど

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